2014年10月31日金曜日

第二十八幕 42~世界を変えた男~

「42~世界を変えた男~」は2013年公開のアメリカ映画。ブライアン・ヘルゲランド監督、チャドウィック・ボーズマン主演。

アフリカ系アメリカ人として初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)の奮闘と苦悩を描く(ここでいう「初」とは20世紀以降のメジャーリーグを指す)。タイトルの「42」は、ブルックリンドジャースで着けていたロビンソンの背番号。彼の功績をたたえて、この背番号はメジャーリーグ全球団で永久欠番となっています。

ロビンソンがメジャーリーガーとしての歩み始めたのは第二次大戦後のことでした。
彼の祖父はアフリカから連れてこられたそうです。ロビンソンの父親は蒸発。苦学の末大学を卒業し、第二次大戦のため軍務につきます。


大戦中は彼と同じように、多くのアフリカ系アメリカ人が国のために銃を取りました。
ところが戦争後に待っていたのは、白人による厳しい差別。公共の場で白人との同席は許されません。当時のメジャーリーグは白人のみ。黒人がプレーするなどもってのほかだったのです。
世間の荒波に耐えて、メジャーリーガーとなったロビンソンはもちろん、道を開いたドジャースと球団社長ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)も立派でした。

ロビンソンが戦ったのは対戦相手だけではありませんでした。
まず白人のチームメートが彼の存在を受け入れようとしません。社長命令でナインは不承不承、ロビンソンとのプレーを受け入れますが、今度は対戦相手と観客が黙っていません。敵軍のベンチからは意地汚いやじ。スタンドからはブーイングの嵐。

次々と襲い掛かる屈辱に耐えてまでプレーしなければならないのか。
ロビンソンは荒れ狂うか、さもなくば逃げ出そうとします。苦悩する若者を励まそうとするリッキーの姿が印象的。「我慢する勇気を持て」「歴史を変えろ」と。

リッキーがロビンソンを受け入れた背景には、もちろん商業的な動機もあったようです。
アフリカ系アメリカ人からの収入が見込めるという。たとえそうだったとしても、利益よりも障害がまさっていました。差別はグランドだけにとどまらず、場外ではドジャース球団の宿泊拒否が起きていたのですから。


そうした差別に立ち向かうロビンソンに手を差し伸べようとするチームメートの姿も感動的。
下手をすればポジションを失ってしまいかねないというのに、見えすいたデッドボールやラフプレーを受ければ自分のことのように相手に食ってかかります。

もちろん、それだけでは差別的な言動がグラウンドからなくなることはありませんでした。
いやそれだからこそ、人種差別の過ちと、野球というチームスポーツのよさを再発見できるのです。

この「42」はハリソン・フォード以外は若手俳優ばかり。
それでもチャドウィック・ボーズマンの演技はけれんみがないだけでなく、きっと運動神経もよいのでしょう。古き時代の物語とはいえ、映画に登場する野球選手が下手そうに見えない。プレーするチャドウィックがスクリーンから飛び出してきそう。そうして生み出されるリアリティも、この映画に厚みを与えています。

この映画は野球だけでなく、アメリカの現代史にも大きく影を及ぼすテーマ。
アメリカ人にとっては歴史の暗部ともいえます。それをあえて映画化した心意気に、われわれ日本人も学ぶべきではないでしょうか。

2014年10月24日金曜日

第二十七幕 キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は2002年公開のアメリカ映画。スティーブン・スピルバーグ監督。レオナルド・ディカプリオ、トム・ハンクス出演。

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャンは、実在の詐欺師フランク・アバグネイル・ジュニア(ディカプリオ)の同名小説(邦訳は「世界をだました男)が題材。同種の事件に比べれば被害額はたいしたことがなかったものの、16歳という若さと大胆な手口によって、テレビでもたびたび取り上げられたそう。

映画の冒頭にも、クイズショーにディカプリオふんする出所後のフランクが登場するシーンがあります。スタジオのフランクはパイロット姿ですが、もちろん偽装です。フランクはパイロット、医師、弁護士と次々と身分を偽り続けます。そして各地で偽造小切手を切り続け、大金を持ち逃げするのです。

その姿は天才詐欺師というよりも虚言症のよう。
本人は意図していないのに嘘で身を固めてしまう。役者が演じているのですから当然かもしれませんが、驚くほどすらすらと作り話が出てくる出てくる。


フランクは犯罪に手を染める以前から、その片鱗をみせるのです。
転校先でフランス語教師になりすまし、勝手に授業をしてみせます。それだけなら可愛いものですが、その後はパイロットに成りすまし、各地へ飛び続けます。操縦の知識などまったくないにもかかわらず。見習いの飛行士として、コックピットに何食わぬ顔で同乗。そして玩具の飛行機からパンナムのステッカーをはがして張って、偽造小切手を作り続けるわけです。

捜査の手が迫っていることを知ったフランクは、すでに医師に偽りの身分をすり替えています。
もちろん、医学の知識などありません。急患の患者が病院に運ばれてきても、実際は自らより年上の若手医師たちに処置を指示するだけ。

フランクはこの病院の看護師ブレンダ(エイミー・アダムス)と結婚寸前にまでこぎつけます。
彼女の父ロジャー(マーティン・シーン)はなんと検事。並大抵の犯罪者なら逃げ出すところでしょうが、フランクは弁護士への転身の指南役としてしまうのです。この大胆さが、犯罪者ながら愛される由縁なのでしょう。

そしてブレンダとの婚約パーティ。
ここでFBIの捜査官カール(トム・ハンクス)の出番です。逮捕寸前まで迫りますが、あと一歩のところでフランクに逃げられてしまいます。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」というのは、鬼ごっこのときの掛け声だそうですが、その言葉通り、フランクは追いかけるカールの手から華麗にすり抜けてしまいます。


二人の鬼ごっこの解決の糸口となったのは、フランクの母親ポーラ(ナタリー・バイ)。
万策尽き果てようとしていたカールは、彼女の出身地フランスのとある村に手がかりを求めます。まさにビンゴ。その村には偽造小切手を作る印刷工場があったのです。

ついに捕まったフランク。これでめでたし、めでたしといかないのが、この映画の面白いところ。
カールはフランクを更生させるため、FBIの詐欺捜査アシスタント役として採用します。
ところがフランクは、ここでも持ち前の才能を発揮。再び犯罪に走ろうとします。

結局、再び捕まってしまうのですが、彼の執念の源はどこにあったのか。
その背景には両親の離婚がありました。父(クリストファー・ウォーケン)は第二次大戦で勲功をあげた元軍人。大戦後は事業を手がけるものの失敗。軍人時代にフランスで知り合った妻に逃げられてしまいます。

フランクはすべてを失った父を喜ばせようと、パイロット、医師、弁護士と虚飾で身を包もうとします。また偽造小切手を切り続けたのも、父に融資を渋った銀行への復讐だったのかもしれません(原作は映画とは逆に、父を憎んでいたらしい)。
逮捕後、FBIから逃げ出したのも母親の新たな家庭の様子をうかがうためでした。母恋しという動機だけでなく、せめて父のことを忘れずに暮らしていてほしいという期待からだったのでしょう。ところがどっこい。そこには父親違いの妹がいたのです。

家族を失ったフランクを、親代わりのように親身に面倒を見たのが、彼を追いかけ続けたカールだったのです。




2014年10月21日火曜日

第二十六幕 ダラス・バイヤーズクラブ

「ダラス・バイヤーズクラブ」は2013年公開のアメリカ映画。ジャン=マルク・バレ監督、マシュー・マコノヒー主演。アカデミー賞主演男優賞受賞。

HIVに感染したカウボーイ、ロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)の実話が題材。ではあるものの、HIVをテーマにした同種の映画とは、やや趣を異にしています。余命1ヶ月を宣告されたロン自身が、治療のため未承認薬を大量に密輸。その薬によって七年も延命。あまった薬はほかの患者に売りさばく「ダラス・バイヤーズクラブ」を設立してしまった。正確には薬は会員料と引き換えなのですが、もちろん非合法です。

ロンはあるときは神父に、あるときはビジネスマンに変装して、世界各国から未承認薬を大量に密輸します。はじめはメキシコ。日本やヨーロッパまで。

ロンが闘病していた1980年代当時、HIVに感染するのは同性愛者や両性愛者とみられていました。ロンをはじめ、友人たちはゲイを激しく嫌い、差別していました。その彼自身が感染してしまったのです。ロンの感染経路は、ドラッグを注射していた女性との性行為でした。それでも友人たちは離れてゆき、ロンも自身の運命を呪います。

ロンはHIV患者の救い主となろうとしたのではありません。もともとの動機は自らの延命のため。ほかの患者に未承認薬を譲ろうとしたのも、当初は商売目的。会員料を支払えない希望者には、断固として入会を認めようとはしませんでした。


「ダラス・バイヤーズクラブ」の画像2


そんな「地獄の沙汰も金次第」を地でゆくロンを変えたのは、病院で知り合ったHIV患者のレイヨン(ジャレド・レト)との出会い。ダラス・バイヤーズクラブのパートナーとなったレイヨンはトランスジェンダー。当初は彼を蔑ずんでいたロンも、しだいに友人として認めるようになります。

ところがレイヨンはHIVの進行のため亡くなってしまいます。

レイヨンのあっけない死に衝撃を受けるロン。HIVに有効な未承認薬のひとつであるとされたAZTは、副作用もあり、治験目的でしか病院で投与されていませんでした。もしも、それらの薬が処方されていれば、レイヨンはもっと長く生きられたかもしれない-。そう考えたロンは、利益を度外視して会員料の支払えないHIV患者にまで未承認薬を渡すようになります。

そしてダラス・バイヤーズクラブをつぶそうとする国を相手取って、未承認薬の使用を認めるよう裁判を起こします。判決は彼に限って、AZTの使用を許可するというもの。その主張は一部しか認められなかったとはいえ、閉ざされていたドアはわずかに開かれたのです。

ロンは同性愛を認めないマッチョ思考のカウボーイ。
自らがHIVに感染したことなど受け入れたくもなく、HIV患者への同情もありませんでした。
未承認薬の密輸も、彼自身の延命のためという利己的な動機。

レイヨンとの出会いによって、仲間のため変わりゆくロン。
そして激しい減量によってHIV患者になりきったマコノヒーとレトの怪演も見所のひとつとなっています。







2014年10月14日火曜日

第二十五幕 ラッシュ/プライドと友情


「ラッシュ/プライドと友情」は2013年のアメリカ映画。ロン・ハワード監督。

 

主人公のニキ・ラウダ(ダニエル・ブリュール)、ジェームス・ハント(クリス・ヘムズワース)はF1年間チャンピオンの座をかけて激しく争ったライバル同士。理詰めのラウダと感性のハント。対照的な二人のデッドヒートにファンやマスコミは大いにわきました。

 

ファンやマスコミにとって、レースは娯楽や関心の対象でしかありません。

一方、レーサーは死と隣り合わせで、時速350キロのマシンに生身の体をゆだねています。少しでも操作をあやまったり、車にトラブルが起きたりすれば、命を落としかねません。

 

危険との向き合い方、人生観において、ラウダとハントは対極にあります。

ラウダがリスクを最小化しようとするのにたいして、ハントはリスクを楽しもうとします。その生き方の違いのゆえに、二人は相容れることがありません。


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大雨に見舞われたドイツ・ニュルンベルクでのレース。

大会を強行すればスリップが続出することは免れません。ここでラウダは意外な行動に出ます。レース中止の提案でした。年間王者争いでトップを走っていたラウダ。結婚したばかりの彼には守るべき家族がありました。それに猛反対したのがハントでした。彼にも妻がいましたが、ひとりの女性を愛しぬくという恋愛観はもちあわせていません。

 

そしてなにより、ラウダを追いかけるハントにしてみれば、中止など受け入れようもありません。彼は居並ぶレーサーたちの面前でラウダを卑怯者となじります。

 

採決の結果、レースは強行。ラウダの悪い予感は的中します。

スリップのためコースアウトした彼はマシンもろとも炎に包まれます。瀕死の大やけどを負いながら一命を取りとめたものの、レースへの復帰は誰もがないものと思われました。愛する妻、そしてライバルのハントでさえも。

 

ところがラウダはサーキットに戻ってきます。
やけどによってその容貌は変わり果てていました。

太ももの皮膚を顔に移植し、肺にたまった膿を吸引するという過酷な治療でした。そして彼が病院にいた間、ポイント争いでトップに躍り出たのはハントでした。ほかのレーサーならともかく、彼の後塵を拝することなど我慢ならなかったのかもしれません。もしくはレーサーとしての本能だったのでしょうか。いずれにしろ、常人の理解を超えた行動であることに間違いありません。

 

復帰後の富士ドライブウェー。サーキットは再び雨に濡れます。

死のふちから舞い戻ってきたとはいえ、ラウダはラウダでした。今度はハントを追いかける立場に置かれていたものの、レースを棄権します。
一方のハントはレースを強行。悪条件のなか、攻めの走りを貫きます。
同じく雨のドイツで炎に包まれたライバルの残像、死の恐怖を振り切るような疾走は、臨場感にあふれているといえるでしょう。ハントはついに念願の年間チャンピオンの座を勝ち取ります。

 

戦い終えた、その後の二人の歩みも対照的でした。

息長く走り続けたラウダをよそに、ハントはレースからテレビ界に転進。チャンピオンとしてもてはやされた彼は、酒と女、遊びに浸って命を縮めます。四十代の若さで世を去りました。

一方のラウダはハントに敗れて王座を逃しはしたものの、人生では勝者となりました。

もはやそんな勝ち負けはどうでもよかったのかもしれません。レースが、マシンがあったからこそ二人は競い合ったのでしょう。そしてライバルがいたからこそ、命がけで戦った。

 

周囲にしてみれば、二人の激しい争いは常軌を逸しているとしかみえません。
瀕死の重傷を負いながらもレースに駆り立てられるラウダを見守るしかない、妻のマレーネ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は、そんな第三者の視点を代表するようでもあります。

2014年10月2日木曜日

第二十四幕 アメリカン・ハッスル

「アメリカン・ハッスル」は2013年のアメリカ映画。デビッド・O・ラッセル監督。クリスチャン・ベイル主演。

副題は「奴らは生き抜くためにウソをつく-」。
そう、詐欺師を描いた映画です。冒頭から、作品に引き込まれます。
いわくありげな男女三人が「まあまあ」と、ジュラルミンケースの札束を中年男性に渡そうとする。「なんだこれは」と男性は受け取りを拒む。政治ドラマにありがちな賄賂のやりとりです。

アメリカン・ハッスルは、1970年代に実際にあったアメリカの収賄事件「アブスキャム事件」を題材にしています。とはいえ、映画はシリアスというよりはコミカルな印象。登場人物たちの風貌が奇抜なせいでしょう。



クリスチャン・ベール演じる主人公の詐欺師アービンは、下腹が突き出て薄毛の中年親父。
ヒロインで詐欺師の片腕のシドニー(エイミー・アダムス)は、胸元が大胆に開いたドレス。
そして、FBIの刑事リッチー(ブラッドレー・クーパー)はパンチパーマ。
当時流行のファッションだったとはいえ、それぞれがキャラクターを作りこんでいます。

実話が題材とはいえ、ストーリーもかなりぶっ飛んでいます。
実際の事件では、収賄によって現職の上院、下院議員7人、ニュージャージー州のカムデン市長らが逮捕されました。

実はこの収賄自体が、FBIによって仕組まれたもの。
まず、アブドゥール・エンタープライズという中東の企業をでっちあげ、政治家たちに架空の融資話を持ちかけさせる。その融資を餌にして、カムデン市で持ち上がっていたカジノ誘致の利権に群がる政治家たちを一網打尽にしてしまうという「おとり捜査」でした。

政治家側にもともと臭い材料があったとはいえ、捜査機関が犯罪を演出したようなもの。
これだけでも驚きですが、さらに驚かされるのが、捜査に詐欺師が協力していたこと。それがアービンのモデルとなったワインバーグという人物でした。「協力」といえば聞こえはいいのですが、実際には詐欺師が捜査を主導したようなものです。

ワインバーグ=アービンは、表の顔はクリーニング店の経営者。
裏では、美術品の贋作の取引をはじめ、多重債務者に架空融資を持ちかけ高額の手数料を巻き上げるという詐欺を働いていました。その悪事はFBIの知るところとなり、詐欺の片腕だったシドニーが逮捕されてしまいます。一方のアービンは逮捕をまぬかれるかわりに、刑事リッチーからおとり捜査への協力を求められるのです。

リッチーがアービンに示した免罪の条件は、身代わりの詐欺師を4人突き出すというもの。
しかし野心家のリッチーは詐欺師のような小物を逮捕するだけでは気がすみません。
ターゲットは市長と議員に格上げされます。
実話と同様、「シーク」という架空の中東の投資家をでっち上げ、政治家に融資話を持ちかけるのです。実際には、これらのシナリオはワインバークの発案だったそう。詐欺師が捜査に協力したというよりは、主導したといったほうが近いのでしょう。

詐欺師のアービンは、デブで薄毛という風貌もあいまって、どこか憎めないキャラクター。
冷血漢ではなく、政治家を陥れるわな作りに必死。はめるために近づいた市長とも親しくなってしまい、彼をだますことに良心の呵責も感じるようになります。

一方のリッチーも切れ者の刑事ではなく、どこにでもいる若者というイメージ。
こちらもパンチパーマという風貌がソフトイメージに一役買っているのでしょう。野心が異常に強い半面、危うさも同居しています。出世のためとはいえ、FBIへの要求はどんどんエスカレートしていきます。200万ドルの架空融資金をはじめ、高級ホテルをフロアごと抑えろだの、ジェット機を用意しろだの。巨額の公金支出をしぶる上司に殴りかかるという「事件」まで起こすのです。



対照的に本物かと見まがうほどの存在感は、マフィア役のロバート・デ・ニーロ。
カジノ業の表も裏も知り尽くした彼は、「シーク」と面会するなりアラビア語で語りかけます。居合わせたアービン、リッチーは凍りついてしまいます。FBIの捜査官が変装した「シーク」は、メキシコ系のアメリカ人。アラビアンとは程遠い風貌。もちろん言葉も分かりません。

さて、事件の結末やいかに。

結局、リッチーの計画は筋書き通りにはなりません。それどころか、アービンに一杯食わされることになります。そのアービンも市長を裏切ったという負い目を抱えて生きることになります。

また登場人物それぞれの愛情関係も最後までもつれ合ったまま。
リッチーは逮捕したシドニーに思いを寄せますが、彼女が選んだのは詐欺師アービンでした。
一方のアービンは年若き妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)と幼い息子との生活に執着しますが、ロザリンはマフィアと一緒になってしまいます。

誰もが望んだ結果を得ることのないラスト。

映画で展開されてきたスリルとコメディは、強烈な苦味を残します。



2014年9月30日火曜日

第二十三幕 ハンナ・アーレント

「ハンナ・アーレント」は2012年の伝記映画。ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作。
マルガレーテ・フォントロッタ監督、バルバラ・スコヴァ主演。

主人公のアーレント(1906-1975年)はドイツ系ユダヤ人の政治思想家、哲学者。
第二次大戦中、ナチスの迫害を身をもって体験。夫のハインリヒ(アクセル・ミルベルク)とともに、ドイツからフランス、そしてアメリカへと亡命しました。その後はアメリカのシカゴ大学で教鞭をとるなどし、暴力や全体主義に関する著作を数多く残しています。

この映画では、アメリカの雑誌ニューヨーカーに、彼女が「イェルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告」を寄稿した時期に焦点があてられています。

このアイヒマンとは、いかなる人物か。

アイヒマンはナチスドイツの元役人でした。
幾人ものユダヤ人を強制収容所へ送ったアイヒマンは、第二次大戦後、名前を偽り、アルゼンチンに潜伏。ところが、イスラエルの特殊機関モサドは彼ら戦争犯罪者の行方を追っていました。他国ではありながら、モサドは彼を拘束し、イスラエルの首都イェルサレムに移送。そして裁判にかけられることになりました。

アーレントは、アイヒマン裁判の傍聴記の寄稿を自ら売り込みます。
寄稿先は米国の雑誌「ニューヨーカー」でした。
被告のアイヒマンは、自らと自らの家族、同胞を不幸の淵に追い込んだ人物です。
アイヒマンがいかなる大悪党であったか。法廷で申し開きをするのか、あるいは罪を認めるのか。

ユダヤ人と全人類にとって世紀の裁判となるはずでした。



ところが、法廷のアイヒマンを目の前にして、アーレントは先入観を捨てざるをえませんでした。
アイヒマンは大悪党などではなかったのです。

彼は法廷で繰り返し主張します。
自分はナチスドイツの法と、役人としての職務に従っただけだと。「悪法も法なり」。彼は自分が法律や上司からの命令の善悪を判断できる立場にはなかった、というのです。

イスラエルの人々は、その弁明を真に受けません。
むしろ、アイヒマンは血も涙もない極悪人でなければならなかったのです。無数の同胞の命を奪ったのが、ただの小役人であってはならなかったのです。

また、アイヒマンは国家統合の象徴ともなる存在でもありえたのではないか。
中東の地に突如として誕生したイスラエルは、周囲を敵に囲まれ、争いを繰り返してきました。
いわば彼は、イスラエルとユダヤ民族の正当性を証明する生け贄、ともいえないでしょうか。

こうしてアイヒマンの裁判は、一種の政治ショーと化します。
罪状とは直接関係のない証人が次々と現れては、法廷でなじり、嘆くのです。

しかし、アーレントは演出やまやかしをすぐに見破ってしまいます。
アイヒマンは大悪党などではなく、上役からの命令を実行したに過ぎない。
子供がいじめを見てみぬふりをしたり、断れずに加担したりするように。

第二次大戦という特殊な状況ではなくとも、今後、第二、第三のアイヒマンが現れないなどと誰が言い切ることができるでしょうか。
アーレントはこのようなアイヒマン裁判の真実を、ニューヨーカー誌で指摘したのです。

これだけでも論争の種となるには十分すぎます。ところが、彼女の筆はとどまることを知りません。

彼女はユダヤ民族のタブーともいうべき問題にまで踏み込みます。
それは次のような問いです。
ユダヤ人の大量虐殺を可能にしたのは、民族内部に協力者がいたからではなかったか。

アーレントの論文に対して、ユダヤ人ばかりかアメリカの読者からも非難轟々。
しかしアーレントは、けして自説を曲げません。
ユダヤ人としてのアイデンティティよりも、思想家としての良心に従ったのです。

写真

非常によくできた伝記映画です。

しかしながら、いまひとつ腑に落ちない点も残りました。

ひとつは恩師であり不倫関係にあったとされるドイツの哲学者ハイデガーとのかかわり。
ハイデガーは、ナチスに協力的であったことで知られています。彼とアーレントの仲は戦争によって引き裂かれてしまいますが、大戦後も関係が続いていた、ともいわれています。
はたして彼の存在は「イスラエルのアイヒマン」執筆に影響を与えたのか。

もう一点は、ユダヤ民族にナチス協力者がいたというアーレントの指摘の根拠。
これは彼女の実体験に基づくものなのか。あるいは推論に過ぎないのか。

これらの点について、はっきり描かれることなく映画は結末を迎えます。
ドイツでは既知のことだからでしょうか。
それらは、映画を鑑賞する人それぞれの判断にゆだねられているのかもしれません。
「思考とは何か」ということを、作品上でハイデガーがアーレントに諭すように、。






2014年9月29日月曜日

第二十二幕 LIFE!

「LIFE!」は2013年公開のアメリカ映画。ベン・スティラー監督、主演のコメディ。タイトルとなっているLIFEとは、2007年に休刊になった米雑誌「Life」に由来します。

Lifeは1936年に写真週刊誌として産声を上げました。当時はインターネットはもちろんのこと、テレビのような動画メディアもどれほど普及していません。写真の持つ影響力は、現代とは比べようもありません。Lifeに寄稿したのは、ロバート・キャパ、土門拳ら時代を代表する写真家ばかりだったのです。

その後は時代と経営状況によって、休刊と復刊を繰り返すようになります。この映画でも取り上げられている先ほどの休刊は、インターネットの普及で紙の印刷メディアが読まれなくなったこととも影響しています。そうしてLifeはウェブ媒体に移行することになるのですが、この映画の主題となっているのは、まさに印刷版最終号の表紙写真をめぐるドラマです。



この映画の原題はThe secret life of Walter Mitty。

主人公のウォルターは、Lifeの写真のネガを管理しています。華やかな雑誌社にあっては、縁の下の力持ち。表に出ることもなく、一言でいえば、うだつの上がらない男です。

彼は美人同僚シェリル(クリステン・ウィグ)に思いを寄せるものの、会員制のマッチングサイト(日本風にいえば婚活サイト?)上でアプローチを試みるばかり。彼女からの反応は一切ありません。

さて、休刊の決まったLifeに新経営者テッド(アダム・スコット)たちがやってきました。
彼は経営合理化策を打ち出す一方、ウォルターに、最終号を飾る表紙写真の提出を求めます。テッドは社員の首切りにも着手していました。仕事に不手際があれば、会社に居場所がなくなるのは避けられません。ところがカメラマンのショーン(ショーン・ペン)が撮影したはずのネガがどこにもないのです。その前後のカットはあるのに、肝心の表紙用だけが抜け落ちていました。

その場では言い逃れでごまかしたものの、ウォルターはネガの提出を厳命されます。
こうしておとなしいウォルターはネガを探す旅に出ることになります。

なぜかって。「To see the world」がLifeのモットーだからです。
冗談ではなく、このLifeのモットーは映画のいたるところにちりばめられています。たとえば、映画の滑走路に、飛行機の座席の背もたれにさりげなく。


ショーンも「世界に目を向けよ」を地でいくカメラマンでした。
彼は常に世界中を撮影してまわっており、連絡先はおろか、所在すら誰にも分からないのです。

その手がかりはネガに残されていました。
ウォルターはニューヨークからグリーンランド、アイスランド、そしてアフガニスタンへと飛びます。ところが、いつでも後一歩のところで、ショーンとの接触を逃してしまうのです。

むなしく故郷に戻ってきたウォルター。
ところが母は思いがけないことを告げます。ショーンが家にやってきていたのです。
そうして再び旅立ったといいます。行き先はヒマラヤ。
長い長い旅の末、ウォルターはヒマラヤでついにショーンをつかまえます。
ところが驚いたことに、彼はネガを持っていませんでした。
それどころか、既にウォルターに渡したというのです。しかも、彼を驚かせるために、気づかれぬうちにウォルターの財布に忍ばせていました。ネガが入っているとはつゆ知らず、ウォルターは財布をゴミ箱に投げ捨ててしまっていました。

こうしてネガを提出できなかったウォルターは首を告げられます。
自分の首よりも、ウォルターは、ネガを紛失してしまったことが悔やまれてなりません。
長年、勤め続けてきた雑誌の最終号を飾ることができなかったからです。

ところがどっこい。ネガは思いがけない形ででてきます。
そして、そのネガに映されていたのは…。


ところで、近年、姿を消したメディアはLifeだけでありません。一時代を築いた多くの新聞や雑誌が続々と休刊、廃刊に追い込まれています。

それらのメディアを形作ってきたのは、記者やカメラマンの特ダネばかりではありません。
ウォルターのように、どちらかというと日の当たらない人たちの努力によって、版を重ねてきたのです。
映画「LIFE!」が人気を博したのも、日陰者だったウォルターが主役に躍り出るからでしょう。

またライフ誌のモットーである

“To see the world, things dangerous to come to, to see behind walls, draw closer, to find each other, and to feel. That is the purpose of life.”
を地で行く作品になっているのも、映画の作り手に雑誌への愛着があったからかもしれません。