2013年12月11日水曜日

第二幕 インビクタス/負けざる者たち 

「インビクタス/負けざる者たち」は2009年公開のアメリカ映画。クリント・イーストウッド監督。 

インビクタスとは「屈服しない」という意味のラテン語だそう。
映画の舞台は南アフリカ。1994年に開催されたラグビーワールドカップ南アフリカ大会での南アフリカ代表チーム「スプリングボクス」の戦いぶりと、同国大統領ネルソン。マンデラの生き様が主題となっています。

マンデラを演じるのはモーガン・フリーマン。
マンデラはご存知の通り、反アパルトヘイト闘争のため長年にわたって投獄されていた政治家です。彼は新生南アフリカの大統領として、自国開催のワールドカップを、国民統合のための大会と位置づけていました。

ところが、「スプリングボクス」は白人主体のチームで、黒人選手は一人だけしかいませんでした。ラグビーは、もともと白人のスポーツ。国民の大多数をしめる黒人には不人気だったのです。

マンデラの側近たちは、「スプリングボクス」の愛称とユニフォームの変更を要求します。
しかし、マンデラはこれを拒みます。マンデラが目指したのはアパルトヘイト廃絶であって、白人への報復ではなかったのです。このような要求を聞き入れていては、黒人と白人の対立の芽を取り除くことはできないのです。

一方で、スプリングボクスは長い間、不振にあえいえでいました。それに加えて、黒人層からは目の敵にされています。ワールドカップが迫っているというのに選手たちの士気もあがりません。

マンデラはスプリングボクスの主将フランソワ・ピナール(マット・デイモン)を茶会に招いて励まします。
これを意気に感じたピナールはチームをまとめ上げるため奮闘。スプリングボクスは下馬評を覆す快進撃をみせ、決勝進出を果たします。

ファイナルの相手は世界最強のニュージーランド代表オールブラックス。そして奇跡的な優勝を遂げるのです。

インビクタス/負けざる者たち


先日、惜しまれつつ世を去ったマンデラ。
映画のクライマックスはラグビー南アフリカ代表チームの奇跡的な優勝なのですが、それを陰で支えたマンデラの偉大さにあらためて気づかされます。

フリーマンふんするマンデラは、次のような詩の一遍をつぶやいています。

「私が我が運命の支配者 
私が我が魂の指揮官」

投獄されている間、マンデラの支えになった詩だそうです。

マンデラには揺るがない信念がありました。
少数派である白人の支配を終わらせるだけでなく、黒人との融和を図ること。その象徴がラグビーでした。うがった見方をすれば、スポーツの政治利用とも取れますが、南アフリカは白人と黒人の対立がいつ先鋭化するとも限らない不安定な状況。手段を選んでいられません。

マンデラが「スプリングボクス」の愛称を求められても許さなかったのは、揺るぎなき魂を持っていたからこそ。
自らの運命と良心を支配するのは自分。周囲に影響されて、あやまった判断を下してはならない-。
マンデラはその意図をはっきりとはいいません。 それでもその行動に彼の信念はにじみ出ています。

一方、スプリングボクスの主将ピナールは、もう一人のマンデラともよぶべきリーダー。
マンデラと同じように仲間をまとめ上げなければならないというのに、チームメートの士気は上がりません。それどころか、黒人からは目の敵にさえされています。そして、地元開催のワールドカップが迫ってくるのです。

彼はマンデラとは対照的に、重圧に負けそうになっていました。

そんなピナールを奮い立たせたのがマンデラでした。
マンデラは代表チームの戦いぶりに、口を挟むようなことはしませんでした。ただ無言で励ますのです。
ピナールは揺れ動く南アフリカ国民の象徴。そして代表チームはこの国の混沌を表しているようにも見えます。

南アフリカはアパルトヘイト撤廃後も、数多くの問題を抱えたままです。
失業率と犯罪率は高止まりしたまま。また黒人を要職に付けたことで、それに押し出される形で職を失う白人も増えているそう。アパルトヘイト時代に教育を受けることができなかった世代も多く、教育水準も低いまま。 これらの問題は、過去のゆがんだ政策の負の遺産ともいえます。

現実は映画と違って、終わりがありません。
この国に必要なのは、第二第三のマンデラとスプリングボクスなのでしょう。





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