2014年9月16日火曜日

第十八幕 ヒアアフター

「ヒア アフター」は2010年のアメリカ映画。クリント・イーストウッド監督。アカデミー賞視覚効果賞。
冒頭で展開される津波のシーンは、映画とは思えぬ迫力。それもそのはずで、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮としてスタッフに加わっているのですから。

日本では東日本大震災の被災者感情に配慮して、公開開始1ヶ月足らずで上映打ち切りになったのも記憶に新しいところかもしれません。

とはいえ、ヒア アフターが優れているのは単なる特撮ものとしてだけではありません。
現実世界とスピリチュアルな非現実的世界が交錯するストーリーに妙があります。

ここでいう「スピリチュアル」というのも、心霊現象など日常生活とまったく縁のない世界、でもありません。
ヒア アフターで描かれているのは、臨死体験と死者との交信。

臨死体験にしろ、チャネリングにしろ、人間心理が作り出した幻想なのかもしれません。
ただ、この映画でリアリティをもたらしているのは、スピリチュアルな世界を体験したゆえの孤独が描かれているからではないでしょうか。

マット・デイモン演じる霊能力者の主人公のジョージ、津波から九死に一生を得たことで臨死体験をするフランスの女性ジャーナリスト・マリー、そして事故で双子の兄を失った少年マーカス。それぞれが誰からも理解されない孤独と悲しみを抱えて生きています。

霊能力のような非科学的な才能があれば、はたして幸せに感じるのでしょうか。
少なくともジョージは、自らの才能を忌み嫌うことになります。実の兄が、弟の才能をビジネスに利用しようとするからです。もともと文学青年である彼は、霊能力など捨て去ってしまって、静かな暮らしを願います。そして兄には黙って、故郷からイギリス・ロンドンへと旅立ちます。


一方のマリーは、自らの臨死体験をジャーナリストとして発表したいと願います。表現欲求というよりも、自らの体験を理解してほしかったからかもしれません。ところが、彼女の要求は受け入れられるどころか、周囲を困惑させてしまいます。はたして、そのような非科学的な体験がテレビの視聴者に受け入れられるのか。周囲からの信用を失ったマリーは、ついには干されてしまいます。そうして彼女も、出版のつてを求めてロンドンへと渡るのです。

そしてマーカス少年。彼には特殊な才能も体験もありません。
父親はおらず、母親も薬物中毒から抜け出すことができません。保護観察?のため子どもから引き離されてしまいます。少年は里親になじむことができず、心のよりどころであった双子の兄を交通事故で失ってしまうのです。
彼は幼くしてぬぐいがたい孤独を抱えることになります。生育環境も恵まれていません。ただ彼の境遇が特殊だとも言い切れないのではないでしょうか。薬物、貧困、交通事故。われわれはこれらの危険や不幸と常に隣り合わせです。この少年はわれわれ一般人を象徴する存在なのかもしれません。

まったく接点のなかった3人を引き合わせる役割を果たすのもマーカスでした。
天国の兄との交信を望んだ彼はジョージを探し当てます。霊能力を捨て去ろうとしていたジョージは困惑しますが、彼の兄への愛情にほだされてチャネリングを試みます。そしてブックフェアでロンドンを訪れていたマリーとジョージも邂逅を果たすのです。

社会から切り離されかけた3人の出会いは、静かな感動を呼び起こします。
また作品にリアリティをもたらす演出も見事です。冒頭の津波、そしてマーカスが遭遇する地下鉄テロ。どの出来事かは明示されていませんが、現実と非現実をたくみに交差させています。

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